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INTERVIEW VOL 02

司会 :
当時の山口先生の伝説などはありますか?

憲剛 :
ギャップがすご過ぎて。(笑)学校の先生としての山口隆文と、サッカー部監督である山口隆文、ギャップがもう、すごい。俺が1年生の時と3年生の途中から担任だったんですが、普段の学校生活では、ユーモアのある面白い先生という感じでしたが、それが体育教官室を出てきて、あの階段で靴ひもを結ぶところを見た瞬間に、ぴーんっ!てグラウンドの空気が一変します。山口先生、来た!みたいな。

いや、だから、もう、そのギャップはすごかったです。何だ、この人って思いました。普段教室で、接している先生ではないんですよ。どっちが本物なのか、分かんないっていうぐらい。(笑)俺は逆に、山口先生が担任だったんで、先生のメッセージを俺を通して1年生に伝えるという感じでした。言いやすかったっていうのもあるかもしれないんですけど . . . 。

あの緊張感は今思うと良かったなと思いました。あんなぴりぴりするって、相当すごいなっていう、その雰囲気づくりというか。妥協を許さない方ですから。その雰囲気を身近で感じられたのは、すごく良かったなと思います。

あまり持ち上げ過ぎると、喜んじゃうかな。(笑)

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司会 :
その後、齋藤先生と?

憲剛 :
齋藤先生は、俺が2年生の時にいらしたのですが、俺たちは山口先生と一緒に卒業してしまったので . . . 。

司会 :
加藤監督は、齋藤先生にご指導いただいた世代ですか?

加藤 :
はい。そうです。

司会 :
齋藤先生は、どういう方ですか?

加藤 :
やはりグラウンドに来られたときは、独特の緊張感がありましたし熱い方でした。

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司会 :
高校時代の監督というのはみなさん雰囲気があって、怖いんですね。加藤監督も現在ではそういう存在なのでは?

加藤 :
どうでしょうか?雰囲気が出てればイイのですが . . . 。がんばります!

憲剛 :
いいじゃないですか!加藤監督は加藤監督で。大丈夫!

自分のサッカー人生において、先生・監督というのは結構、大きいウエートを占めると思います。基礎的なところもそうだし、今の自分の土台の、ベースを作ってくれた方でもあるのでそういう出会いは大切ですね。

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司会 :
そういう意味では、高校時代の経験などでその後の憲剛さんのサッカー人生に影響を与えた事はありますか?

憲剛 :
俺、体小さくて。フィジカルもなくて。中学校時代では、そういう選手生活を送っていました。そこまで熱心な活動をしている中学校じゃなかったですし。ただ、自分自身は何でも吸収したいという気持ちが強くて。

ことあるごとに、山口先生に答えを聞きにいきました。ここどうですか、ここどうすればいいですか?体小さいんですが、どうすればいいですか?って。そうしたら、うるさ過ぎたのかな。(笑)「自分で考えろ」って、突き放されたんです。でも逆に突き放されたことで、より自分で考えるようになりました。

高校入学当時、身長が154センチだったんです。高校生にしたら、かなり小さいですよね。そういう中で180センチの上級生との練習で、どうやってぶつからないようにするかっていうのを、より自分で真剣に考えるようになりました。

あとは技術。ファーストタッチとか、そういうところのこだわる練習は、すごくやりました。そういう普段からの練習の中で、意識してやった結果、今の中村憲剛のベースが出来上がったんだと思います。

相手に当たらないで、とにかくフリーでボールを受けて球離れを速くして、チャンスをつくり出すっていうのは、当時と変わらない。当時、もし答えをもらって、それだけで終わってたら、今の自分はないと思います。山口先生には「自分で考えろ!」「あんまり答えを求め過ぎるな!」と。その一言が俺にとっては、すごく大きかったし、今は感謝しています。

司会 :
自分で考える大切さですね。

憲剛 :
はい。それは子どもたちにとってとても重要だと思います。選手それぞれの、その個性もあるし。答えを与え続けなきゃ駄目な選手もいるとは思いますけど。与え過ぎると、自分で考えなくなっちゃうんで。ある程度、選手たちに選択肢をあげるっていうのは、怖いことですがその瞬間(高校時代)はいいかもしれないけど。先がない。

ですので「自分で考えて答えを探す」作業は学生時代から習慣化できたことは本当に大きかったし、今に繋がっています。

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司会 :
加藤監督いかがですか?

加藤 :
いや、本当に勉強になります。

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